環境整備とF1ドライバー

カートの漫画でカペタという物語があった。F1ドライバーを目指す熱き魂を持った挑戦者たちが描かれている。主人公カペタのライバルとして登場する源奈臣はストイックにF1ドライバーを目指す青年だ。その奈臣は天才的ドライバーだが自分のスポンサーのために試合の結果や予定などを報告する努力を欠かさない。そんな奈臣がライバルのカペタがくじけそうになったとき「環境を整えるのもドライバーの仕事だ」と心の中で激励するシーンがあった。これは心を打たれた。

モータースポーツは車という相棒がいて初めてできるスポーツで車の整備にもお金がかかる。いくら腕がよくても車の性能で勝負が決まる。そのためスポンサーや整備士など助けてくれる人がいてやっとスタートラインに立てる。いい環境を作るのはドライバーの行動一つだ。

これって農業でも同じだと思う。いいものを作ろうと思えば、いい肥料や機械、設備を使う方が有利だ。だがお金はかかる。そこで、周りの人をいかに巻き込み、お客様にいかに納得して商品を手に取ってもらうか。これが農業経営者の仕事だと気づかされた。これはとても難しい仕事だがとても大切な仕事だ。試行錯誤をしながら挑戦していきたい。

農業の責任

農業をやっていると予想外の出来事ばかりで常に予定を変更していかないといけない。自分で決断して決めたことだけに自ら責任を取りリカバリーしていことが日常業務だ。ただ、責任を取るとは自分一人ですべてを抱え込むことではないと思う。仲間信じることが責任を取るということだと思う。仲間と言え他人に変わりない、自分と同じようには動かない、それでも進むべき目標を共有すれば一人でやるよりずっと前に進む。

人を信じることはとても難しい。任せてやって失敗したらそれは任せた人の責任になる。だけど信じて任せて失敗を重ねてようやく前に進める。目標を持って前に進もうとする挑戦者の宿命みたいなものだと思っている。

手抜きと効率化

暖房用のダクトの手直しをすることになった。夏場の忙しい時期に手抜きをして設置したのだが調子が悪いのでやり直しだ。毎回やり直しをする時に最初から丁寧にやっておけばよかったと思うが、まれにうまく行くときもある。手抜きと表現すると悪いよう思うかもしれないがうまくいけば効率的なアイデアと生まれ変わるのだ。これから先も効率的にできる部分がないか失敗を重ねながら見つけていくことになるだろう。このような失敗を楽しめるのが農業だ。このように思い付きで行動すれば以外と新しことに挑戦しやすい。あまりお勧めできるやり方ではないかもしれないが迷って新しいことに挑戦できない人はやってみる価値はある行動ではなかろうか。

文章と行動力

自分にとってこのブログを書くことはとてつもない挑戦だ。読んでおられる方はお気付きだと思うが文章を書くという行為がとても苦手なのだ。小学生の絵日記ですら苦手すぎて書いたことがない。そんな自分も文章を少し書けるようになったきっかけがある。

大学生時代、寮に住んでいた。そこはとても古く伝統のある寮だった。自分が大学を決めた理由はこの寮に行きたかったからだ。運営を学生が行う習わしで立候補して寮長を務めていた。週一回会議を行い寮生に配るビラや大学側に提出する資料を作る。その時「たたき」という文章の手直しを行う作業がとても大変だった、期が変わるときなど徹夜作業になる。だが、読んでもらえる人にわかりやすく文章を徹底的に作るという経験させてもらったのはとてもいい経験だった。

その時の友達が会議中皆が集中力がなく資料の制作が中々進まない時に「書かないと考えたことにならない」とぽろっと口に出したのが自分にとってとても衝撃的だった。どんなに考えて、いいアイデアが出ても書かないと皆に伝わらず考えたことにならないとゆうことだ思う。その時から下手でも文章を少し書くようになってきた。とてもありがたい言葉で感謝している。

今ブログを書くようになって気付いたことは書くことは楽しいということだ。考えていることがまとまり行動にしやすくなる。あれこれやりたいことがあっても考えているだけでは実現しないが書いておくことで工程かはっきりし少しづつ実現していく。

続けることで自分がどのように変わっていくか楽しみなので挑戦しがいがある。

農業と高齢化

今日は地元の水路掃除の日だった。十年前から一年に一回行っているのだが参加するメンバーは毎回同じだ。すると平均年齢は10歳以上高くなったことになる。ニュースで農業人口が200万人を割りそうだと流れていたが農業従事者平均年齢が66歳以上になったという方が大切なだと思う。農業機械の大型、高性能化で一人当たりの作業量が増えてためあまり人口が減った実感はないが高年齢化は年々実感する。今日も年を取って田んぼができないという話を聞いた。

それでも新規参入を嫌がる年寄りは多い。昔は10㎝ぐらいの草を牛のエサにするため奪い合っていたらしい。今ではそんなに草刈りをやらない。昔ながらのやり方でないと気に食わないのは理解できるがそれでは地域が衰退してしまう。

農業の逆算戦略

東大のお偉い教授曰く、東大生の98%がゲームをやっているらしい。ゲームをすると12%頭がよくなるらしく戦国無双をするとタスク処理が早く情報処理能力がよくなるという。そんな人材をYONESATAは探している。農業は他のビジネスと同様で逆算で計画を立てている。なぜ、誰が何時、何処で野菜を買うかを予想し、栽培量を予測した後、栽培方法を決めたて、畑を作りを行い種をまく。トマトは1ヶ月種をまく時期をずらすと全く違う作物になる。そこでこの逆算の計画を何回も行い種をまく時期を決定する。さらに難しいのは絶対に予定道理に行かないことが想定内なので随時対応する準備をしておかないといけないことだ。このようなことを常に頭に入れながら今日も農作業を行う。実を言うと自分はあまりゲームが得意でないのでスパーマリオで修行の日々だ。

黄門様と農業

水戸黄門は農家の間で永遠のブームだ。今も水戸黄門の話題は時々耳にする。なぜかというと由美かおるの入浴シーンではなく平成になった今でも悪代官や十手持ちなど思い当たるところがいくつもあるからだ。特に行政の対応など水戸黄門を例にすることで話がスムーズにできるので便利なのだ。

人間の食べる行為は江戸時代から平成になった今でも基本的なところは変わらない。誰もが安定的に食料を調達したい、そんな要求をかなえるためには水戸黄門の世界観は完璧なのだ。だから食事が全部サプリメントになったりしない限り水戸黄門ブームは終わらないと思う。しかし、現実には黄門様は存在しない。それが現実。

輪作

農業の栽培技術の中に輪作というのがあるのはご存知だと思う。周期的に作る作物を変えて連作障害を防ぐ農法でとてもよくできている。植物は種類によって肥料の吸うバランスが違うためどうしても吸い残した肥料が畑に貯まってしまう。そこで、違うタイプの作物を栽培すると吸い残した肥料を消費してくれるため畑のバランスが良くなる。トマトのような赤い作物の後に緑色の野菜を栽培すると次にトマトを作るときに土のバランスがよくとても作りやすい。赤い野菜と緑の野菜がお互い苦手な分野を補っている。

YONESATAでは米本と佐多で足りない所を補いながら運営している。以前、夏休みの宿題について議論になった。心配症で夏休みの最初の3日で終わらせる米本とめんどくさがり屋で最後の3日で終わらせる佐多で全く意見が合わない。こんな二人なので計画を立てるときに全く噛み合わない。しかし出来上がった計画書は一人で作った物よりいいものができる。

これからも「石橋をたたいても渡らない」米本と「石橋をたたく前に渡る」佐多で今後も補いながらやっていこうと思う。

農業とゲーム

YONESATAでは求人、研修生の募集の条件にゲーマーであることを上げています。
なぜゲーマーなのか?農業とゲームって関係なくね?と結構言われますが、関係あると思っています。

ゲーマーってどんなヤツだよ?という質問を受けますが、ゲームを愛して語ることができればゲーマーだと思います。

私自身がゲーマーであり、様々なゲーマーと共にプレイすることがある中で感じるのは、上手い人はたいてい頭の回転が速いということです。

ジャンル毎の違いはありますが、ゲームは場面ごとに状況が変化します。置かれている状況を把握し、取るべき行動を判断し、臨機応変に対応していく必要があります。上手くなるためには、繰り返し練習する根気も必要だし、システムを深く理解しようとする探求心も必要です。

慎重に進める必要のある場面では、繊細な指使いが求められるし、勝負どころでは一気に畳みかける大胆さも必要です。

翻って農民の立場から考えてみます。農業は天候や作物の状態が急激に変化することがあり、状況に素早く対応するため頭の回転の速さが要求されます。

ビニールハウスの中の1万本のトマト達は1本として同じ様には育たず、好きなように伸びていきます。手入れをする時は1本毎に違う彼らの状態を把握し、してあげる処置を判断し、臨機応変に対応していく必要があります。トマトは果菜類(実を食べる野菜)の中では栽培が一番難しいと言われていて、上手に仕立てるには根気強く繰り返す必要があるし、生態を理解しようとする探求心が必要です。

水に反応しやすい彼らに適度な量の水を少しずつあげる繊細さが求められるし、時には大胆にハサミを入れて切ってしまう必要もあります。

様々な理由を上げてきましたが、農業とゲームの関係を何となく納得していただけたでしょうか?
農民でゲーマーという特性(?)を活かした記事を上げていきたいと思いますのでよろしくお願いします。

プロと素人と農家

以前、自分のことを素人農家と言い張っている生産者に出会ったことがある。タブレットに農園の写真を入れデータ収拾に熱心な方だった。この言葉は新規で農業を始めた人には痛いほどよくわかる言葉だ、おそらく色々試行錯誤している方に違いない。

日本でプロの農家の定義はざっくり言うと三代目のことを指すことになってしまう。優良農地を所有し役所にツーカーで市場に顔がきく、このような状態でないとプロ農家にはなれない。新規で始める人にとってこれはかなりハードルが高い。ならば、新規で始める人は最初から素人農家になればいい。プロ農家になる努力の方向性を違う方向に向け早くプロ農家に追いついてしまうのだ。プロ農家でなくても生産活動はできるし素人農家がプロ農家に勝るところはいくらでもある。良くも悪くも先入観がないので新しいことにいくらでも挑戦できる。プロ農家が絶対にやらないことを真剣にできるのが素人農家の強みだ。

ただ覚悟も必要だ、素人農家が借りれる農地は道路がなく水路が壊れていて役場に行っても最初は相手にされず自分で整備することになる。このような状態を苦労と思うか楽しみと思うかは素人農家になれるかの境目だ。YONESATAは素人農家になりたい人を全力で応援したい。熱きパッションを持った挑戦者は見ていてカッコイイと思う。